リストラ勧告!傷病手当金がもらえずうつ病で転職に突入した私の運命

誰からも助け船を出してもらえず、絶望したことはありませんか?

バタバタと倒れていく戦友たち。尽きる弾丸。もう愛する家族には会えないのかと絶望した瞬間、待ちわびた援軍が大挙として押し寄せて来る。

映画のワンシーンなら、絶望してもハッピーエンドでしょうが現実はキビシイものがあります。

遂にリストラ勧告!全ての責任を取ってお前が辞めろ

私の新年は、絶不調で始まりました。

首を絞められる圧迫感に加え、今まで感じたことのない倦怠感。睡眠導入剤を処方されているも、寝付けず深夜までネットサーフィンする毎日。

あともう少しで、不正を指示したバカ上司達を葬れる。

これで俺の役目は終わって休職できる、そんな微かな希望だけが、私を突き動かす原動力となっていました。

リストラ勧告されたその日は、私は妙な違和感を感じていました。

例年通り社長が年始の挨拶をする段取りが取りやめになり、講堂で役員たちが急遽抱負を語る会に変わったのです。

社長がいない妙な雰囲気の年始の挨拶は、会社の経営状態に関してのもの。

「我々は1億円以上の利益を予想していたが、あなた達が頑張れなかったので、責任は全てあなた達が取ってください」要約すればこんな感じでした。

加えて、「一番後ろに座っている総務課のハヤテ君が余計なことをしなければ、1億円以上の増益は確実だった」とバカ上司。

「お前の負けだよ!バカが!」と勝ち誇ったその顔は、一生忘れることはありませんね。

あのまま不正経理を隠し通していれば、1億円以上の増益を確保できたのに、総務課のハヤテが親会社に余計な告げ口をしたばかりに、5,000万円以上の赤字になった。工場の連帯責任だよね?ってことです。

講堂にいた一般社員達が、こぞって私の方を向き「やっぱりこいつかぁ」と睨んできたのは言うまでもなく。

バカ上司達を追い込んでいたつもりが、追い込まれていたのは自分だったと悟った瞬間でした。

親会社が守ってくれたが鬱の症状が限界に達していた私

講堂から帰ってきて、社員ひとりひとりに向けたリストラ勧告が開始。

もちろん、リストラ勧告なんて出来レースです。

全員に勧告はするものの、残って欲しい社員には「これからも頑張って会社を盛り上げて欲しい」って雑談です。

私自身、リーマンショック時には残って欲しい人の雑談だったので、よく覚えています。

しかし今回ばかりは、入室するなり「お前は明日から来なくていいよ」。これには流石に度肝を抜かれましたね。

つい2時間ほど前まで、「お前たちの不正は全て暴いた。もう今年でさよならよ」って思っていた相手が私を追い込んでいる。

私が何を反論しても、「お前にやらせる仕事はどこにもない」のオウム返しですよ。

「この役員3人とも旧体制派だし、完全にアウェイやんけ」そう考えた私は、退室した後すぐさま親会社の役員さんにLINEを打ちます。

「はあ何それ?先手を打たれたか!」とものの1分もたたずの返信。そうです、このリストラ勧告が行われた日は、正に親会社の連中が新年祝賀会を開いている最中に行われたのです。

鬼の居ぬ間に何とやらとは、このことでしょう。

そんな祝賀ムードの最中にもかかわらず、親会社の幹部の一人がすぐさま動いてくれます。「今夜空けるから、いつもの割烹料理屋まで来い」というものでした。

彼女は、「リストラってYESって言うと負けなんだよね、4月の異動までに私達が何とかするから、お前YESって言うんじゃないよ!」とのアドバイス。

ウソでも嬉しかったなぁ。涙出ましたよ。お前のことは絶対に守ってやるからって、口約束ですが約束は貰っていました。

「4月からあたいらと、東京の本社で机並べようや」と別れ際に言われたものの、私の体は限界を迎えていました。もう、生命エネルギーが切れそうな勢いなんです。

うつ病を抱えたまま、東京単身赴任とか、多分無理。妻に何と話そうか、私の頭の中はそれで一杯でしたね。

リストラ勧告で罵詈雑言!凄まじい追い込みに限界

次の日から地獄が始まりましてね。追い出し部屋に呼ばれては退職勧告を受ける日々。

まるで殺人事件かなにかの取調室ですよ。「おい!こら!お前のせいでこうなったんやど!」「ほら、アウトプレースメント付けたるさかい、ここにハンコ押せや」

「お前は拒否する権利ないんやど」「お前のせいで、わいらの面子潰れたやないけ」辛うじて妻から渡されたICレコーダーには、二度と聞きたくないような罵詈雑言が記録されていきます。

リストラ勧告を受け、親会社の役員に呼び出された後、妻には正直に「ごめん。俺リストラされるわ」と告白。

まさか、自分の行った愚行で家族を窮地に追い込んでしまう、せっかくかったマイホームや娘の将来さえ奪ってしまうかもしれない申し訳なさで一杯でしたが、彼女から返ってきた答えは意外なもの。

「そんなクソ会社辞めてしまえ!!」の一言ですよ。

「あんたがこの先、うつ病で働けなくても、私が昼も夜も倍働いて稼いでいくから安心してや」ってもう、私はその夜、声を出してワンワンと男泣きしてしまいました。

妻の言葉でふっきれた私は、「うつ病と診断されているし、傷病手当金でももらってゆっくりしよう」なんて呑気に構え始めていました。

1.5倍ほどに増えた退職金とリストラ勧告に同意し、私は傷病手当金をもらうべく着々と準部を整え始めます。

それが、まかさ、自分には傷病手当金が当たらないと判明するのは、綺麗に咲いていた桜が散り始めていた4月半ばの頃でした。

休職できず傷病手当金が当たらないことに怒り心頭の私

「あなたは傷病手当金の支給要件に該当しない」私は何度も何度も何度も、その健康保険組合からの通知に目を疑います。

いやいや、何かの間違いだろ?って目をゴシゴシ擦るわけです。いても経ってもいられなくなった私は、怒り心頭で健康保険組合に電話。

「何でやねん!ゴルァァァ!」って捲し立てはみたものの、担当の女性から「退職日に出勤しちゃってますよね?」と一言。

「制服返したり、業務の引継ぎが残っていたから、確かに最終日に出勤したよ。でもそれが何故いけないのか?」理解できないでいる私。

「退職後も傷病手当金が支給される要件が、3つありましてぇ」彼女がそう話始めた瞬間、ハッと我に返る私。

私も総務職として10年やってきたベテランです。こんな初歩的なことに気付かなかったのか死ぬほど悔やみましたね。

実務では、総務預かりの社員達に「最終日に出勤すると傷病手当金は当たらない」と何度も何度も何度も説明してきました。

でも当時の私は、うつ病の症状が最悪レベルです。

1年前に、首を絞められる圧迫感を感じていた頃とは比較にならない程、「パパが帰ってきたらゾンビゾンビ」って娘に言われるほど、症状は悪化していました。

リストラされて職を失ったのは、まぁ転職何回もしてるし何とかなるなと、楽観視できました。

それに比べ、傷病手当金が当たらなかった悔しさは、悔やんでも悔やみきれない、そんな思いで迎えたゴールデンウィークでした。

こうして私は、最悪レベルのうつ病を抱えたままの、転職活動に突入していきます。

傷病手当金がもらえずうつ病で転職に突入した私の運命

[box05 title="要点まとめ"]
  • 全ての責任を取る形で年始にリストラ勧告される
  • 親会社が守ってくれたがうつ病の症状が限界に達していた
  • リストラ勧告!それはもう罵詈雑言の博覧会やぁ
  • 傷病手当金を受給する場合は要件を満たす必要がある
  • 異議申し立てできるが絶対に認められるとは限らない
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傷病手当金が当たらなかった矛先は、心療内科医に向かいこの後大喧嘩。この先生と決定的な溝ができる原因にもなってしまいました。

傷病手当金のご利用は計画的に。

知識がなければ専門家に相談の上、計画を練ってください。